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東京高等裁判所 昭和52年(う)1067号 判決

主文

1  原判決中被告人飯塚雄亮、同高木英夫に関する部分及び被告人中村勤に対する有罪部分を破棄する。

2  被告人飯塚を懲役三年に、被告人高木を懲役二年六月に、被告人中村を懲役一年六月に各処する。

3  原審における未勾留日数中、被告人飯塚、同中村に対しては各五〇日を、被告人高木に対しては四八〇日を、それぞれの刑に算入する。

4  被告人中村に対し、この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

5  被告人飯塚から、押収してある梓ゴルフ倶楽部預り金証券四枚(当庁昭和五二年押第四〇七号の1ないし3、52)の各偽造部分を、被告人飯塚、同高木から同証券二七枚(前同押号の4ないし6、13、14、18ないし24、26ないし33、37ないし40、47、49、50)の各偽造部分を、被告人飯塚、同高木、同中村から同証券一七枚(前同押号の9ないし11、15ないし17、25、34ないし36、41ないし46、48)の各偽造部分を、被告人飯塚、同中村から同証券一五枚(前同押号の51、53)の各偽造部分を、それぞれ没収する。

6  当審における訴訟費用中その六分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人飲塚雄亮の弁護人川田敏郎、被告人高木英夫の弁護人中山吉弘、被告人中村勤の弁護人小松啓介が差し出した各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

被告人中村の弁護人の控訴趣意第一(事実誤認の主張)について〈略〉

被告人飯塚の弁護人の控訴趣意一、被告人高木の弁護人の控訴趣意及び被告人中村の弁護人の控訴趣意第二(いずれも法令適用の誤りの主張、ただし被告人中村の弁護人は併せて事実誤認をも主張)について

所論はいずれも、要するに、原判決は、本件預り金証券を刑法上の有価証券に該当するものと解し、その偽造及び行使につき同法一六二条一項及び一六三条一項を適用しているが、同証券は刑法上私文書と解すべきであり、その偽造及び行使については、同法一五九条一項及び一六一条一項を適用すべきであるから、この点において、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある(なお被告人中村の弁護人は、右に関し、後記のとおり、事実の誤認をも併せて主張している。)、というのである。

そこで原審各証拠に当審における事実取調の結果をも加えて検討するに、原判決の梓ゴルフ倶楽部は、同倶楽部の会員をもつて組織する一種の親睦団体であつて、それ自体独立して権利義務の主体となるべき社団としての実体を有するものではないこと、同倶楽部預り金証券は、ゴルフ場を所有する新日本興産株式会社(以下新日本興産と略称する。)に所定の書類を提出してその承認を得たうえ同倶楽部会員資格保証金として券面額の金員を預託した者に対して、同会社が発行するものであつて、その表面には「一、この会員資格保証金は本証発行の日から拾ケ年間据置、其の後請求により何時でも返金致します。二、この会員資格保証金には利息をつけません。三、会員の資格は当会社の承認を得て、何時でも自由に他人に譲渡することができます。但し証券の裏面へ記入捺印の上別に定めた書換手数料を添えて御届け下さい。」などと記載され、その裏面に「裏書又は登録年月日」欄、「裏書人氏名」欄、同人の「捺印」欄、「取得者氏名」欄、同人の「捺印」欄、「取締役証印」欄が印刷されているものであることは原判示のとおりである。そして、右によつても明らかなとおり、本件の梓ゴルフ場は、いわゆる預託会員制の経営形態がとられているものであつて、その会員となろうとする者は、通常、入会の申込みをして新日本興産の承認を得るとともに、同会社に対して会員資格保証金を預託することを要し、更にその会員名簿に登録されることによつて会員資格を得るものであること、会員は新日本興産に対し、同社所有のゴルフ場施設を非会員に優先して、しかもより安い料金で利用し得る権利及び入会の際預託した会員資格保証金につき据置期間経過後退会とともにその返還を請求し得る権利を有し、反面において年費納入等の義務をも負担するものであつて、これらを包摂した会社に対する債権的法律関係上の地位(通常これを会員権という。)は、他に譲渡することもできるが、その譲渡にあたつては、原則として、前記の預り金証券(裏面に必要事項を記入して捺印する。)のほか、譲渡人及び譲受人が連署した名義書換申請書、印鑑証明書、会員の写真が添付された会員証(バス券)などの必要書類に名義書換料を添えて同会社に提出し、その承認を得ることが必要であり、このようにして会員権が譲渡されてはじめて譲受人は会員権すなわち前記の包摂的な債権的法律関係上の地位を承認するものであることが認められる。

ところで、原判決は、本件預り金証券が取引慣習上右の会員権を表彰しているのと同様に取扱われているとして、その有価証券性を肯認しているのであるが、なるほど、会員権の譲渡は通常売買の形式により比較的自由に行われており、この場合株式相場に類似した市場価格の形成、変動がみられることや、その譲渡にあたつては、預り金証券への前記のような裏書及び交付が行われることなどをみると、一見会員権が同証券に化体、表彰されているのと同様な取扱いがなされているかのごとき感がないでもないが、しかし、会員権を譲り受けようとする者は、単に預り金証券を譲渡人から買取るだけでは足りず、前記のとおり、会社の承認や名義書換申請書等の書類の取得も必要であり、更に、名義書換がなされない限り会員の地位を取得できない建前になつているのであるから、会員権がそのまま預り金証券に化体、表彰されているといえないことは明らかである。そして、〈証拠〉によると、預託会員制の会員権の譲渡については、一般には、概ね梓ゴルフ倶楽部の場合と同様の手続が必要とされているが、しかし、譲渡に要する書類や経営会社ないしゴルフクラブ理事会が譲渡(新加入)を承認する条件はゴルフ場によつて必ずしも一定しているものではないうえ、預り金証券だけが、恰も会員権を表彰するかのごとく売買されたり、担保に供されたりすることは極めて稀であることが認められるのであつて、取引慣習上同証券が会員権を表彰しているのと同様な取扱いがなされているものとは到底いえないのである。

また、会員権の最も実質的な内容というべきゴルフ場の優先的利用権の行使について考えてみても、その利用に際し同証券を呈示する必要はなく会員証(バス券)を呈示すをる等の方法により、会員すなわち梓ゴルフ倶楽部の会員名簿に登載されていることさえ明らかにすれば足りるし、他面、同証券を所持していても名義書換がなされない限り優先的にゴルフ場を利用することのできないことも明らかであつて、これらの実情に照らすと、会員権の行使に本件証券の占有を必要とするものとはいえず、会員権の移転についても、国籍、年令あるいはゴルフクラブの会費不納入の前歴を有することなどの理由から名義書換が拒否されれば、たとい証券を譲り受けたとしても、これをもつて会社に対抗し、ゴルフ場の優先的利用権などを主張することはできないから、本件証券の占有を移すだけで会員権の移転が完全有効になされるものではないといわなければならない。

これを要するに、本件預り金証券は、会員権に対応して発行され、その移転に伴つて転々授受されるものではあるが、会員権を取得し、行使するためには、会社の承認を必要とするうえ、名義書換料を支払つてその氏名の登録を受けることが要件とされているなど、権利の移転及び行使の両面につき、証書自体を離れた種々の手続が要求されているのであつて、これらを考え併せると、本件預り金証券の性質は、証券それ自体に権利が化体、表彰され、高度の流通性を有する手形、小切手、株券、あるいはかつて白紙委任状を添付するだけで証券取引界に流通し株券類似の証券的作用を営んだ増資新株式申込証拠金領収書などとは本質的に異なるものがあり、さきに述べた預り金証券の取引の実情を考えると、その信用性につき右手形や株券などと同様の強い保護を与えなければならないほどの必要性も認めがたいのであつて、これを刑法上の有価証券と認めた原判断は相当でなく、本件証券は、会員権の所在を間接的に示す一資料としての証拠証券の域を出ないものというべきであり、刑法上私文書と解するのが相当である。

なお、本件預り金証券が直接表示している梓ゴルフ倶楽部会員資格保証返還請求権(ただし証券発行の日から一〇年を経過していない本件当時は、その期待権)に限つてみても、仮に証券が滅失ないし紛失したような場合には、罹災証明書、紛失届出証明書などにより実質的な権利者であることを証明して、その権利を行使することは可能であると認められ、必ずしもその行使や権利の移転に証券の占有を要するものではないと解せられるのであつて、右の請求権に限つてその有価証券性を肯認することも相当でない。

以上のとおりであるから、本件預り金証券を有価証券と解し、その偽造及び行使につき刑法一六二条一項及び、一六三条一項を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあり、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨はいずれも理由がある(ただし、被告人中村の弁護人の事実誤認の主張は、原判決が私文書である本件証券を有価証券と認めたことは事実誤認ともいえる旨の主張と解せられるが、原判決には本件証券に対する証券に対する法律的評価の点に誤りがあるだけで、事実認定においては格別誤りはないものといえるので、この点についての主張は採用しない。)。

〈以下省略〉

(藤井一雄 寺澤榮 永井登志彦)

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